駐在主夫ですが、なにか? in Jakarta

ジャカルタで主夫してます。日々のことをゆるく記録中。 生活の中で気づいたことや、役立ったことをメモ代わりに。

子どもに怒ってしまった日の、自己正当化メモ

 

「子どもを不機嫌で支配するな」

 

どこで見たっけな。

育児論の人だったか、どこかのお母さんのつぶやきだったか。

 

でも、この言葉だけはやけに残った。

 

ああ、これは大事なやつだな、と。

肝に銘じておこう、と思った。

 

 

不機嫌で支配するのは、確かによくない

子どもが親の顔色を伺って生きるのは、しんどい。

立場が弱い子供に、怒鳴って、切れて、力で言うことを聞かせるのが正解なわけがない。

 

体罰がダメなのは当然として、「不機嫌」という空気で支配するのも、たぶん同じくらい良くない。

これはもう、理屈としては完全に同意だ。

だからこそ、「怒らないようにしよう」と意識し続けること自体は、すごく大事だと思っている。

 

……思ってはいる。

 

 

でも、人間だから怒る

私は、正直に言うと、

人生でほとんど人に怒ったことがない。

 

仕事でも、友人関係でも、基本は怒らない。

自分にも他人にも甘いタイプだ。

 

ストレスも溜まりにくいし、

「生きてるだけでまあまあ幸せ」と思えてしまう、かなり雑な人間でもある。

 

でも。

 

子どもが生まれてからは、怒る。

これはもう、例外なく怒る。

ただ、「本心からブチ切れている」というより、パフォーマンスとして怒っている場面が多い。

 

時間がないとき。

何度言っても動かないとき。

 

怒ったほうが、話が早い。

怒ると、子どもはちゃんと動く。

 

……これは、完全にダメなやつだと分かっている。

 

 

怒ったあとに来る、あの罪悪感

怒った直後、だいたい自己嫌悪が来る。

・怒りたくなかったのに

・大したことじゃなかったのに

・もっと余裕を持てたはずなのに

 

子どもは可愛い。本当は怒りたくない。

だからこそ、罪悪感が残る。

で、この罪悪感をどう処理するか、という話になる。

 

 

私なりの「自分を追い詰めない考え方」

ここからは、完全に私の自己正当化である。

でも、これでだいぶ楽になった。

 

① 怒る前に、ちゃんとやってる

よく考えると、私はいきなり怒っているわけではない。

・優しく言っている

・理由も説明している

・「なぜダメか」「なぜ必要か」も伝えている

 

それを、何度もやっている。

 

それでも動かないから、最後に怒っている。

 

つまり、

ずっと不機嫌で支配してるわけじゃない

人として、大人として、やれることはやってる

「だから私は悪くない」

このくらい開き直っていい、と思うことにした。

 

② 理不尽は、親から学べ

もうひとつの考え方は、かなり雑だ。

「世の中には理不尽がある」

これは事実だ。

 

理屈が通らない上司もいるし、

意味不明なルールもあるし、

どう考えても納得いかないことも起きる。

 

だったら、怒ってしまった時に、

「今日、親の理不尽さをひとつ教えちゃったな

社会に出る準備、ひとつ進めさせちゃったな」

くらいに考えてもいいんじゃないか。

 

実際、理不尽なのは自分でもわかっている。パフォーマンスで怒っているのだから。同じことされても時間や余裕があるときは怒らないもの。

 

今日はパパ、理不尽デーだった、以上。

そう思えば、罪悪感はかなり薄れる。

 

 

完璧な親なんて、たぶん無理

もちろん、怒らずに済むなら、それが一番いい。

 

でも現実はそうはいかないし、

親が自分を追い詰めて、不機嫌を溜め込むほうが、よっぽど悪循環だと思う。

 

怒ってしまったら、

「あ、今日ちょっと理不尽教えちゃったな」

くらいで、切り替えていけばいい。

 

私はそうすることにした。

 

この考え方が万人に通用するとは思っていない。

私が元々、ストレス耐性が高すぎる人間だから成り立っている部分もある。

 

でも、

子育てで自分を責めすぎてしまう人にとっては、

ひとつの逃げ道にはなるかもしれない。

 

「子供を不機嫌で支配するな」を見て、100%同意なんだけど、それと同時にそう簡単にはいかないぞと思ったので、思考メモ。

未来の自分への備忘録でもあり、

どこかの誰かへの「大丈夫だよ」でもある。

 

怒らないに越したことはない。

でも、怒ってしまった自分まで責めなくていい。

 

人間だもの。