■ キッチンドリンカーという、妙に格好いい言葉
「キッチンドリンカー」。
語感はなぜだか魅力的である。
ベストセラー、ドラゴンスレイヤーの並びで言われれば、
なにか肩書きめいていて格好よくさえ聞こえる。
しかし実際は、
“台所で飲まずにいられなくなった人”
という、全く格好良くない意味だ。
主婦(主夫)のアルコール依存。
それを示す言葉である。
最近、この言葉をやたらと意識するようになった。
理由は単純で──今、ジャカルタで主夫をしているからである。
■ 主夫業は24時間営業である
育児と家事の同時並行は、いわば終わりの見えない勤務である。
決まった休憩時間もない。
「ここからここまでは勤務時間です」という線が引けない。
その代わり、
“どの時間にビールを飲んでも誰にも怒られない”
という自由がある。
これは恐ろしく危険な自由だ。
私は酒に弱くはない。
ビールを飲みながら家事を進めるくらいはできてしまう。
むしろ少し陽気になって育児が楽になる気すらする。
その「できてしまう」という感覚が、一番危ない。
だからこそ、昼間から飲もうと思えば飲めてしまう。
これが問題だった。
だから夕方までお酒は飲まないと決めた。
■ 正直、毎日ぎりぎりである
飲まない日は続いているが、心の中では毎日勝負をしている。
「今日も飲まないぞ」
「16時は昼間なのか夕方なのか」
「この暑さはノーカウントでは?」
こんなやり取りを自分の中で繰り返している。
ジャカルタの気候は、油断するとすぐに喉を狙ってくる。
ビールの誘惑が強すぎる。
ここまで毎日酒を意識していると、
むしろすでに“アル中”なのではないかとすら思う。
いな、飲んでいないから、そんなわけないのだ。
でも不思議な状態である。
■ 「世の主婦はどうして飲まずにいられるのか」問題
ふと疑問がわいたので、妻に聞いてみた。
「世の主婦って、昼間どうやって飲まずに生活してるんだろう?」
返ってきた答えは、わりと鋭かった。
「やれてないんじゃない?飲んじゃってる人もいるから“キッチンドリンカー”って言葉があるんでしょ」
確かにその通りである。
耐えた人と、耐えられなかった人。
そこには、勝者と敗者がいるのだ。
すると私はどうだろう。
今のところ “耐えている側” に立ってはいる。
しかし油断はならない。
いつだって勝者と敗者は、紙一重である。
■ 今日も飲まなかった。明日もたぶん飲まない
毎日の勝負は続く。
勝った日が積み重なっていくのは嬉しいが、
“戦いが続いている” 時点で、それなりに危うい状態とも言える。
ただ、今のところ私はまだ、昼間の誘惑に負けていない。きっと、やはり"酒飲んで育児"がありえないという強い気持ちがあるからだろう。
それだけで十分ではないか、と思う自分もいる。
そして明日もまた、冷蔵庫の前で自分と向き合うだろう。
怖いのが、こんなことを考えて苦しんでいる主婦(主夫)なんておらず、誰からの共感も得られないことだ…。