筋トレを続けるのは難しい。
筋トレとは、要するに 自分を意図的に痛めつける行為 である。
しかも継続前提で。
そんなもの、理由がなければ続くはずがない。
「ドMだから続けられるのでは?」と思ったこともある。
逆に「ドSだから痛めつけている自分を俯瞰して眺めて喜ぶのでは?」という理屈もある。
しかし残念ながら、私はどちらでもなかったようだ。
普通の人は、自分を追い込む理由がなければ筋トレは続かないのだ。
■ “筋トレの先にあるもの” が曖昧だと続かない
「健康のため」と言うのは簡単である。
しかし、本当の意味で健康を目指すだけなら、
ジムでバーベルを持ち上げる必要はない。
ウォーキングでもサイクリングでも、十分に健康を保てる。
では、筋トレする理由は何か。
「一度はムキムキになってみたい」「腹筋を割りたい」
こういう願望は確かにある。
だが、その先に何があるのか。
その “さらに先” に到達するイメージが、どうにも曖昧なのである。
結局そこが弱いと、続かない。
私には“筋肉の先に得られる未来像”が定まらなかった。
■ 過去も続かなかったし、今も続いていない
実は若い頃から何度も筋トレに挑戦してきた。
ジムの会員になったことはないが、株主優待のジムチケットを使って
「今度こそ続けよう」と意気込んだ時期もあった。
しかし続かなかった。
理由はシンプルで、やはり “その先にあるご褒美” が弱かった。
■ 今の私は、人生で最も筋トレがしやすい環境にいる
現在、私は主夫をしている。
24時間暇なわけでは決してないが、
子どもの世話や家事のスキマに 1日30分くらいの筋トレ時間なら作れる。
さらに環境が異様なほど恵まれている。
ジャカルタの高層アパートにはジムがついていることが多く、
私が住んでいるアパートも例外ではない。
しかも、近さが尋常ではない。
■ 玄関からジムまで「20歩」である
ある日、どれほど近いのか気になり、歩数を数えてみた。
玄関を出て、エレベーターに乗り、ジムの入口まで。
歩いた歩数は── 20歩。
これには笑ってしまった。
今後の人生で、これほどジムが近い環境に住めることは二度とないだろう。
ジムに行くハードルは、ほぼゼロである。
20歩で筋トレが始められるのだ。
■ にもかかわらず、行っていない
ここまで条件がそろっていても、私は筋トレが続いていない。
散歩や日々の家事だけで体重は自然と落ちてきており、
健康面では良い変化が出てきている。
すると問題はこうなる。
「この状態に“筋肉を足す”意味とは何か?」
ここがあいまいで、どうにも踏み込めないのである。
20歩でジムに着くのに、20歩が踏み出せない。
これはもう、筋トレ以前の問題である。
1日何度でも行くことも可能だし、
買い物帰りに買い物袋をもったまま立ち寄ることすらできる。
“今日は左のふくらはぎだけ” “明日は右の上腕二頭筋だけ” という贅沢な鍛え方すらできる。
だが、現実には行けていない。
20歩を歩けないという事実は、
筋トレに向いていない自分を静かに突きつけてくる。
【まとめ】
結論として、私は筋トレに向いていないのだと思う。
これほど条件の整った環境で続かないのなら、
もう私の性格と習性が答えを出している。
ただ、ひとつ希望があるとすれば、理由さえ見つかれば動ける環境にあるということだ。
“筋トレをする意味” が明確になれば、
20歩くらいは歩けるはずである。
今はまだ、その理由が見つかっていないだけだ。
いつか、しっくりくる動機が降ってきたら、
私はきっとジムへ向かうだろう。
玄関を出て── 20歩 先のジムへ。