
インドネシアに来て2日目。
海外生活というのは、「文化の違い」が唐突に、そして物理的に顔面を殴ってくる瞬間がある。
結論から言う。 朝5時前のアザーンは、キツい。
多様性は、早朝に噛みしめるには刺激が強すぎる
現在、私はジャカルタのタワマン26階に住んでいる。 防音もしっかりしている(はずの)高層階だ。 それにもかかわらず、早朝から街中に響き渡るイスラム教の礼拝の呼びかけ「アザーン」が、しっかりと窓を突き破って届く。
オブラートに包まず、率直に言おう。 「うるさい」と。
「アッラーフ アクバル」じゃないのだ。
「ハッヤ アラッサラー」じゃないのだ。
いや、分かっている。
これは彼らの大切な文化であり、宗教としての意味も歴史もある。 異国に住まわせてもらっている身として、100%尊重したい気持ちはちゃんとある。
ただ、朝5時前はキツい。単純に、眠い。 「多様性を受け入れる」という崇高な精神は、早朝5時に発揮するにはあまりにも刺激が強すぎるのだ。
アザーンで覚醒し、踊り出す子供たち
大音量のアザーンが響き渡れば、当然のことながら子供たちも覚醒する。 まあ、そりゃ起きる。大音量だもの。
しかし、そこからの行動が私の想定を超えていた。 そのまま、踊り出したのである。
フラダンスのような、ジャワ舞踊のような、なんとも言えない独自のリズムと滑らかな腰つき。 異国の祈りの声に合わせて、早朝のベッドの上で謎のダンスを踊り狂う我が子たち。
いやいやいや。 朝5時前だぞ。 頼むから寝てくれ。
私にとって、早朝の静寂は「唯一の自由時間」である。 それが今、アザーンの大音量と謎のジャワ舞踊によって、儚くも散り去っていった。 私のジャカルタ生活、前途多難かもしれない。
【Tips】ジャカルタのアパート探しで絶対確認すべきこと
イスラム文化には深い意味があり、アザーンは人々にとって重要な「生活のリズム」だ。 しかし、実際に異文化の中で暮らしてみると、「尊重したい気持ち」と「率直な生活の悩み(睡眠不足)」が常に同居することに気づく。
・かなり大音量 ・タワマンの高層階でも普通に聞こえる ・子供が高確率で起きて踊り出す ・睡眠リズムが崩壊する
これは、海外生活のリアルとして正直に残しておきたい。 いつかは慣れるのだろうか。いや、無理な気がする。
だからこそ、これからジャカルタでアパート探しをする人に、声を大にして言いたい。 「モスク(Masjid)の位置は確認して」と。
Google Mapsで「Masjid」と検索し、物件との距離を測るのだ。 近ければ近いほど、早朝のアザーンは容赦なくあなたの鼓膜を揺らす。 さらに言えば、モスクのスピーカー音量は「地域差」がすごい。 小さめのところもあれば、クラブのスピーカーかと思うほどの爆音のところもある。こればかりは本当に場所次第だ。 ここまで書いたが、自分でも改めてモスクの場所を調べてみると逃げ場を探すのも一苦労だった。
可能であれば、アザーンの時間帯に合わせて現地を確認するか、管理人や住民にヒアリングするのが最も確実である。 睡眠の質は、ジャカルタを生き抜くための生命線なのだ。
結論:「ちゅ、多様性」ではなく
今日の気分をタイトルにするなら、「ちゅ、多様性」だ。
文化の違いを受け入れたい気持ち。 奪われる睡眠。 朝5時から踊り狂う子供たち。
その全部をひっくるめて、「ちゅ、多様性」。 海外生活の醍醐味が、こういう瞬間にギュッと詰まっている気がする。
……いや、嘘だ。 包み隠さず本音を言おう。
「ち、多様性」だ。 舌打ちである。
だって、単純にうるさ過ぎるのだもの。