
ジャカルタで旧正月。
また宗教のことを考えてしまった。
前回、「ジャカルタがクリスマスすぎて、宗教のことを考えてしまった」という日記を書いたばかりだが。
今度は旧正月である。
ルナニューイヤー。
街が赤い。
学校も赤い。
子どもも赤い。
で、私はまた思う。
「なんで中国の旧正月が、こんなに盛大に祝われているのだろう?」
インドネシアは“イスラムの国”だけではない
来る前は、「イスラムの国」というイメージだった。
でも実際に住んでみると違う。
いや、違うこともないか。イスラム教が圧倒的に多くはある。あるのだが…、
公式に複数の宗教が認められていて、それぞれの祝日が国の祝日になる。
だからクリスマスも祝日だし、
これからラマダンも来るし、
旧正月も祝日になる。
最初は「へぇ、そうなんだ」くらいだった。
でも今回、ふと疑問が湧いた。
旧正月って、宗教行事なのか?
旧正月と儒教の関係
そこに強く影響を与えている思想が儒教だという。
なるほど。
ここでもやっぱり宗教が関わっているのか。
一年中、宗教イベントに付き合う生活
クリスマスがあって、旧正月があって、
すぐにラマダンがあって、レバランがあって。
一年を通して、違う思想、違う宗教、違う文化のイベントに触れ続ける。
こんな体験、日本にいたらなかなかできない。
ありがたい。
でも私は、熱心な信者でもなければ、深く学んでいるわけでもない。
ただ、隣にあるイベントを体験しているだけ。
無宗教?それとも無知?
前回も言った通り、インドネシアでは、公式書類に「宗教」を書く欄がある。
そのたびに思う。自分は何教なのか。
初詣に行く。
お墓参りもする。
クリスマスも祝う。
でも念仏は唱えられない。
神様を信じているのかと聞かれたら、よく分からない。
困った時だけ、神様にも仏様にも助けを祈ってみる。
大抵、どうにもならないし、そもそも神々に祈るほど困ることはなかなか起きない。
無宗教なのか。
無知なのか。
無関心なのか。
多分その全部だ。
だからこそ、いろんな宗教行事を「体験できてラッキー」くらいの距離感で見ている。
子どもは全力で楽しんでいる
今回、私は自分の赤い服を買わなかった。また普段着れて、気に入るような赤っぽい服を見つけたら買っておこう。
子どもたちにも、学校行事のために、家にある赤い服を引っ張り出して着せただけ。
その赤い服すらも、クリスマスのときに「赤と白を着てきてください」と言われて買わされたものだ。
インドネシアの国旗も赤と白。
クリスマスも赤と白。
旧正月も赤。
宗教は違っても、赤は強い。
使い回しができてよかった。
一方、子どもたちはドラゴンダンスを見て大興奮。
みかんを大量にもらい、お菓子を山ほど抱えて帰ってきた。
それで十分だ。
多様性の中で暮らしているという実感
ジャカルタに来てから、少しずつ「多様性」という言葉が実感を伴ってきた気がする。
理解しているわけではない。
信じているわけでもない。
でも、いろんなものが隣にある。
その景色の中で生活している。
それだけで、少しだけ視野が広がっている気もする。
まあ、外から眺めている感覚はまだ強いけれど。
それもまた、私らしい。
とりあえず赤い服は、もうしばらく活躍しそうである。
これもユニクロだけど。







